
「音から入り、やさしく、たくさん」
『ジャパンタイムズ』報道部記者として活躍後、『週刊ST』編集長、『ジャパンタイムズ』編集局長を歴任し、英語関連の著書も多い伊藤サムさん。ネイティブ並みの英語力に加え、父親が米国生まれの日系二世と聞けば、小さい時から英語に親しんでいた帰国子女に違いないと思われることだろう。しかし、伊藤さんは普通通り中学校から英語をゼロから始め、卓越した英語力は中学2年のたった半年間で培われたというから驚く。一心不乱に勉強に没頭したそうだが、振り返ってみると、この時の勉強法こそ、まさに「英語習得の王道」であったことに気づく。それは「やさしいものをたくさんやる」という、いたってシンプルなもの。このインタビューを読まれた方は、ぜひ伊藤サム流英語習得法にトライしてみようではありませんか。(2007年6月号)
伊藤サム(いとう・さむ)1958年群馬県生まれ。伊藤サムはペンネーム。一橋大学社会学部卒業。高校時代、アメリカ・ミシガン州へ留学、大学時代はイギリスのロンドン大学に留学し、社会心理学を学ぶ。一橋大学在学中、英検1級合格者総代に。卒業後(株)ジャパンタイムズに入社、報道部などで記者・編集者として活動後、『週刊ST』編集長、『ジャパンタイムズ』編集局長を経て現職。英国BBCなどでのコメンテーター、雑誌の寄稿、著書の執筆など、多様なメディアでバイリンガル・ジャーナリストとして活躍中。著書に『第一線の記者が教える 英文記事の読み方』『ネイティブに通じる英語の書き方』(いずれもジャパンタイムズ)など。『英語は「やさしく、たくさん」』(講談社)は、伊藤さんの体験や勉強法をつづった著書で、貴重なアドヴァイスやお薦め教材情報が満載。「英語」という山を目指す人は必読です。
英語を「音」としてとらえた理想的な学習
―中2の時に猛勉強されましたが、そのきっかけと没入ぶりをお聞かせください。 伊藤:自分専用にラジオをもらったので、ある夜、布団の中でラジオのチューニングダイアルを回していたら、「...milk...」という声が聞こえました。若いアメリカ人女性だったと思いますが、それまでに聞いたことのない音や甘酸っぱい雰囲気が強烈な印象で、ちょうど思春期でしたから、その見も知らぬ女性に恋をしちゃったんですね。初恋です。声だけで、求めても得られない――今も得られていませんが(笑)。手がかりを探したい、出会いたい一心で、一生懸命勉強しだしたんです。 その番組はNHKの『基礎英語』で、それからはラジオを聴き、テキストで復習するという日々です。その女性の声をリピートすると一体感を感じたものでした。学校の休み時間もスキットをリピートするので、テキストはボロボロ、ラジオだけでは飽き足らず、教科書ガイドのような自習参考書を買って1年分の学習を20日でやってしまい、中2の6月には中・高の6年分を独学で終えました。さらに、問題集ややさしいペーパーバック、The Student Times(※1)、TIME、The Japan Times、Asahi Evening News(※2)などの週刊誌や新聞にまで手を広げました。 半年間、自分では「神がかりの半年」と呼んでいるんですけど、起きている時間はすべて英語に費やすという生活で、何かに取りつかれたように勉強しました。新聞をだいたい理解できるようになったところで、つき物が落ちたかのように、普通の中学生に戻りました。 ―そこまで熱中できたのは、初恋の力以外に、征服欲のよなものがあったのでしょうか。 伊藤:例えばドラクエなどのビデオゲームでは、上達すると「レベルが上がったよ!」とほめてもらえますね。あの達成感と同じだと思います。子どもですから、夢中になると、ハタからみたら理不尽なことでも損得なしに、単調なことでも飽きずに一生懸命になれるんです。 ―この経験で英語学習において、大切なことが明確になりましたか。 ラジオからでしたから、英語を文字に頼らず「音」として認識できたこと、これはラッキーでした。音として認識した後、テキストで復習して文字で確認できた。それからテープレコーダーで録音し、何度も何度もリピートしましたから、聞き取りと発音練習になりました。 問題集や英語の日記にも取り組んでいましたから、読み書きの力も養われた。聴く・話す・読む・書くという順番を最も自然な形でできたと思います。まず最初に英語の音の聴覚イメージを作る。これは聞き取れて発音できるということですが、この聴覚イメージを作り上げないと後々の進歩が難しいのです。 ※1 学習・情報紙。現『週刊ST』。 ※2 現International Herald Tribune/The Asahi Shimbun
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ラジオから、英語を文字に頼らず「音」として認識できたことがラッキーでした。 |
中学2年の時の英語力で将来が決まった
―高校生になってからは英語をほとんど勉強されなかったそうですが、高校生の時にアメリカの高校、大学生の時にイギリスのロンドン大学に留学された目的を教えてください。 伊藤:大人になるとほかにも楽しいことがあると分かり、「神がかりの半年」以降は、そのレベルを保つための勉強程度しかしていません。どちらの留学も、世界を見たかったからです。高校1年の時、YFU***の制度を使って1年間ミシガン州の高校に通いました。スラングは分かりませんが、基本的な表現は日本で勉強した通りなので、英語が分からないという苦労はありませんでした。 イギリスは大学3年の時、サンケイスカラシップという留学制度で1年間いましたが、各地方の方言が聞き取りにくい点はありましたけど、その変化が面白かったですね。世界を見たいという点では、大いに収穫がありました。 アメリカのオープンな文化、人種の多様性はカルチャーショックでしたし、イギリスでは日本と同じで外国人はずっと外国人扱いのままです。アメリカのエリート候補生は勉強に次ぐ勉強ですが、イギリスをはじめヨーロッパでは8時間勉強して8時間楽しく過ごすというように、ライフスタイルの違いも分かりました。イギリス行きのチケットをもらった時、主催者の方に「勉強もいいけど、いろいろ遊んできなさい」と言われ、それを忠実に守り(笑)、ヨーロッパはすべて行き、30カ国くらい巡って、とても楽しい経験をさせてもらいました。 ―それはうらやましい限りです。一橋大学在学中に英検1級の総代にもなり、ずっと英語はトップクラスで、将来は英語を使う仕事と決めていらっしゃったと思いますが。 伊藤:当時の英検は文部大臣賞、アメリカ大使賞などの賞名のつくトップ4が選ばれ、順位はつかないのですが、私はアメリカ大使賞をいただき、表彰式で1級全員の合格証書の束を代表として受け取る役を頼まれ、これが総代ということになるらしいです。 中学で英語の力がついた時から、英語プラスアルファの仕事と考えていましたので、ラジオで「milk」と言う声を聞いた途端、将来が決まっちゃった。学者になることを考えましたが、一橋は商社に行く学生が多く、私もその影響を受けて三井物産を受け内定しました。英語の試験は歴代1位の成績だったようです。でも、さんざん迷って、今の仕事に決めたのは、祖父がジャパンタイムズを愛読し、自分も勉強した親近感も手伝って、やはり縁があったのでしょうね。 *** Youth For Understanding 1951年にアメリカで始まった高校生の交換留学を促進する組織。YFUは現在約50数カ国にある。
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構文力を身に付けないと英語は絶対に上達しません。 |
「やさしく、たくさん」が英語力養成の鍵
―伊藤さんの著書で個人的に印象的だったことは、単語は訳語で覚えるな、概念で覚えよというアドヴァイスでした。 伊藤:日本語は訳語がすごく発達しているので、なんでも訳せちゃう。すると分かった気になってレベルを進めてしまうんですね。中級くらいまではそれで対応できますが、その後の発展がない。 日本語に置き換えて理解するのはどだい無理があり、訳語を暗記すればするほど実は損をしているのです。訳語を当てはめようとして直読直解ができなくなるからです。例えばwindowは「窓」ではなく、「開くものをイメージ」できるように、概念で覚えると広範囲に使えます。訳語の暗記は「英語について」の勉強で、「英語そのもの」を理解したわけではないので、長文も早く読めないし、やさしい英語でも分からなくてがくぜんとする、ということになってしまいます。 ―しかし、英語を母語とする国で不自由がないとか、英検の総代とか、英語の入社試験で歴代1位とか、猛勉強とはいえ、半年でそれほどの力がつくのでしょうか。 伊藤:ネイティブは、話したり書いたりするスピードは速いですが、英語は中学の教科書に出てくる英語を使っています。新聞も構文はシンプルです。ジャパンタイムズの新入社員は、自分の書いた記事を先輩記者が直していくのを横で見ながら、取材のイロハとともに学んでいきます。新聞は一家で読まれるメディアですから、ネイティブの中学生にも分かるように書かなければならない。記者時代の訓練は、「Keep it simple.」。難しいこともやさしい英語で書く、文は短くする、結論から書く、をたたき込まれます。 取材に行くと、「英語はどのように勉強するのですか」とよく聞かれました。それである日、一日中考えた結論が、「やさしく、たくさん」なんですね。やさしいレベルのものを、たくさんやることに尽きるんですよ。 ドイツなどヨーロッパ人にとって、英語は構文が似ているので単語の置き換えですみますが、日本語の構文はまったく異質ですから、まずは英語の構文に慣れる。慣れるためには、何度も繰り返して身体にたたき込むしかない。文法体系を体得するということですね。この関門を通過しないと、英語は絶対に上達しません。ここが、日本の英語教育で最も欠けている点です。 単語は辞書を持っていればいいし、発音も昔に比べればずいぶん上手になりました。でも一番の問題はこの構文力なんです。大人になってマスターするのは非常に大変で、しかも勉強法が間違っていたら、身につかない上に時間の浪費です。難しい教材ではなく、読んで訳さずに理解できるものを選ぶ―これはほとんどの人にとっては中学英語です。ここからやり直すのが、実はもっとも効率が高い。きちんと勉強すれば勉強しただけの効果が必ずあり、マスターすれば英語の8割はカバーできます。 |
1987年中曽根首相(当時)の訪米時、チャーター機で他社の記者とともに同行取材した伊藤さん(首相の隣)。「名刺一枚で誰にでも会える」という報道部記者時代は、世界の要人たちに会って、たくさんの英文インタビュー記事を書いた |
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