
地道な努力を重ね宇宙飛行士に
写真提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)
2005年、野口さんら7名のクルーが乗ったスペースシャトル・ディスカバリーの打ち上げが成功した。'03年のコロンビアの空中分解という悲惨な事故後、ディスカバリーはシャトル飛行再開の1号機としての使命を担い、また野口さんにとっては、9年間、スペシャルクルーとして最長の3万8099時間に及ぶ訓練の成果を発揮する瞬間でもあった。船外活動主任として15日間のミッションを終え、無事帰還。心身をベストコンディションに保ちながら、決してあきらめることなく訓練を重ねた野口さんの姿勢からは学ぶべきことが多い。宇宙飛行士にとって英語力は必須である。今回は野口さんが暮らすヒューストンから、テレビ電話を通じて英語学習法を中心にお話を伺った。
野口聡一(のぐち・そういち)1965年横浜市生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、石川島播磨重工業(株)航空宇宙事業本部研究開発部にてジェットエンジンの設計などを担当。'96年JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士候補者に選ばれ入社。同年NASAの宇宙飛行士養成コースに参加し、'98年ミッション・スペシャリストに認定。'01年、国際宇宙ステーション組み立てミッションを担うスペースシャトルの搭乗員に任命され、'05年ミッションを終え帰還。体験記録『宇宙日記』(世界文化社)や『スィート・スィート・ホーム』(木楽舎)は宇宙の驚きに満ちており、野口さんの人生の足跡を記した『オンリーワン』(新潮社)は、夢を追い続けることの素晴らしさを伝える感動の物語。現在、国際宇宙ステーションで日本初の長期滞在者となる若田光一さんのバックアップクルーとしての訓練や、日本初の有人宇宙船「きぼう」の開発に携わっている。
FEN(※1)に魅せられ、浴びるように聴いていた中・高時代
―英語に関心を持たれたころのお話から伺いたいと思います。 野口:中学からの学校の英語も嫌いではなかったのですが、学校の勉強という枠内にとどまらない、聴いていて世界が広がっていく開放感を感じるような英語が好きでした。小さいころから漠然と外の世界へのあこがれがあって、例えばアメリカの街角でアメリカ人が話す英語はどういうものなのか、すごく興味がありました。今と違い、身近で生の英語が聴けるのはラジオくらいで、FENや「百万人の英語」、NHKの「ラジオ英語講座」などを一生懸命聴きました。とくにFENは高校を卒業するまでひたすら聴いていました。 最初は聞き流すだけでしたが、そのうち自分にとって興味のある音楽とフットボールの情報を知りたくなりました。音楽の場合は曲と曲の間に何を言っているのか、フットボールも試合の中継で言っていることを知りたくなり、耳をこらして単語を拾っていくと少しずつわかってくる、というような感じでした。話されている内容そのものに興味を持ったんですね。「ラジオ英語講座」は社会人になっても聴いていました。 大学に入ると、外国人の学生と知り合ったり海外旅行をしたりと、いろいろな形で世界が広がり、それまでの「聴いて知るための英語」が「コミュニケーションを取るための英語」に変わっていった、という気がします。 ※1 Far East Network。米軍の極東放送網。1997年からはAFN(American Forces Network)と呼称が変わった。 ―宇宙飛行士になりたいと強く意識されたのは、高校1年生のときだったそうですが、それで英語に励んだということはありますか。 野口:中学からの学校の英語も嫌いではなかったのですが、学校の勉強という枠内にとどまらない、聴いていて世界が広がっていく開放感を感じるような英語が好きでした。小さいころから漠然と外の世界へのあこがれがあって、例えばアメリカの街角でアメリカ人が話す英語はどういうものなのか、すごく興味がありました。今と違い、身近で生の英語が聴けるのはラジオくらいで、FENや「百万人の英語」、NHKの「ラジオ英語講座」などを一生懸命聴きました。とくにFENは高校を卒業するまでひたすら聴いていました。 宇宙飛行士になりたいから英語の勉強をする、という気持ちは希薄でしたね。中学のころから、松本零士さんの「宇宙戦艦ヤマト」などの宇宙アニメや、SF人形劇などが大好きで、'81年のスペースシャトルの打ち上げを見て宇宙飛行士になろうと思いましたが、具体的にどうすればいいのかわかりませんでした。高校の進路指導の先生も当惑されたと思いますが、航空学科のある大学を勧められ、小さいころから機械いじりが大好きだったこともあって、大学・大学院ともに飛行機のエンジンの研究をしました。 卒業後はその研究が生かせる会社に就職し、宇宙飛行士になる夢は忘れたわけではなかったのですが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士の募集に応募するまで脇に置いていました。ただ、大学院時代にオランダで研究者たちと仕事をしたことと、社会人のときに国際プロジェクトで欧米の人たちと英語で仕事をした経験は、その後、大変役に立ちました。 |
指示されたことが瞬時にできるには、言葉に対する反射神経が要求されます。 |
雑談・ジョークの英語にとまどった訓練時代
―JAXAの宇宙飛行士候補者の選抜試験は、倍率572倍という狭き門。書類選考、筆記試験、医学検査、面接、適正検査と、難関を突破されましたが、英語は重要課題でしたか。 野口:いくつかある必要条件のひとつとして、英語力が問われると思います。英語が抜群にできれば合格するわけではなく、私のときも私より英語のできる方や経験の豊富な方はたくさんいらっしゃいました。合否の鍵は、そのときに求められているミッションにふさわしい人材かどうかです。そのとき求められていた人材は、一通り社会経験を積んだ30歳前後で新しい経験を積んでいける人、日本の代表としてアメリカで何年間か英語で仕事をさせても大丈夫そうな人、という判断で選ばれたと思います。 ―そして、いよいよNASAでのアスキャン(※2)養成コースの訓練が始まりますね。航空宇宙概論、電気・電子工学をはじめ、天文学、気象学、医学、地質学など約230科目という膨大な学科を学ばれ、スペースシャトルに関しては座学からシミュレート訓練へ移行するそうですが、英語面では問題ありませんでしたか。また、400時間の英語とロシア語の授業もあるそうですが、ロシア語も必修とは知りませんでした。 野口:言葉がわかっても、指示されたことが瞬時にできるには言葉に対する反射神経が要求されるので、最初は苦労しました。専門用語のほうが処理しやすく、会社員時代にアメリカ人と仕事をする機会もありましたから、仕事の英語はそれほど苦労しませんでした。それよりむしろ、空き時間の雑談やジョークが、言葉のひとつひとつは明確にわかるのに、その意味するものがわからないというジレンマはありました。そういうことは、アメリカでの一般常識や生活習慣がベースにないと難しいと思います。それは今でもそう変わらないですけどね。それでも最近は、わからないものとわかるものの見極めがちょっとずつついてきてるかな、と感じますが。 ロシア語に関しては、今も勉強中です。'98年に、当時の西側の宇宙飛行士は行くのを嫌がったので珍しがられましたが、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターで1カ月、船外活動の訓練をしたこともあります。現在、宇宙ステーションはロシアが大きな役割を担っていますし、シャトルが2010年に退役することもあり、今後はさらにロシア語が必要になってくると思います。 ※2 アストロノート・キャンディデイト(宇宙飛行士候補生)の略。 |
(クルーの一員として)言うべきことを主張した上でグループ決定を尊重する姿勢を心がけていました。 |
早期英語学習の重要性
―養成訓練終了後、NASAよりミッション・スペシャリストと認定され、そこからさらにスペースシャトルに搭乗するクルーに選ばれるために、どうされたのでしょうか。 野口:それなりの競争がありますから、新人宇宙飛行士は能力を高めつつ、自己アピールすることが必要になってきます。私は強化訓練と評価試験の実績を積むようにしました。さきほど言いましたロシアでの訓練も、自己アピール材料のひとつになりました。 もうひとつの切り札は日本人であること。日本の代表として後には引けないという気概もそうですし、船外活動の仕事に、技術力はもちろんのこと、日本の匠のような何か職人芸みたいなことを生かしたいと思っていまして、模索して出合ったのが「能」と「古武術」です。能の、面をつけて限られた視野の中で空間認識をしていくさまや無駄のない動き、そして古武術の自然な身体の動きは、どちらも無重力状態の身体動作に通じるものがあります。船外活動の訓練は、異世界の動きから学ぶものが多かったですね。 ―特殊な環境で、国籍も背景も違うクルーたちとのコミュニケーションはいかがでしたか。 野口:アメリカではリーダーシップを尊重します。その点ディスカバリーのコリンズ船長は適任者であり、コミュニケーションを図る名人でした。アメリカ人は自己主張が強いですが、僕は相手の考えを理解するよう努めました。でも言われっぱなし、従いっぱなしというのは評価されず、言うべきことは言わないとメンバーとして認めてもらえません。主張した上でグループ決定を尊重するという姿勢を心がけていました。 ―野口さんは仕事で英語を必要とされていますが、ロシア語も含め、言葉についてお感じになっていらっしゃることを教えてください。 野口:ロシア語はまだまだ苦労していますが、言葉を新しく学ぶということは、単なる置き換えや暗記ではなく、言葉の響きの美しさや文化的背景を理解することだと思います。言葉は生き物ですから、ロシアで生活し、できるだけ人々と接触しながら吸収していきたいと思っています。 日本の優秀な科学者や技術者の中には、英語を重視しない方もいるのですが、言葉のせいで彼らの業績が不当に低い評価になってしまうという可能性があります。私が感じるのは、外国人が使っている英語を理解して応えるという練習が、あまりにも少ないまま社会に出てくる人が多すぎるということです。第一言語としての国語の重要性を否定するつもりはまったくありませんが、日本語の力をつけながら英語に早い時期から接するのは悪くないと思います。英語を早くから学ぶと母国語に支障が出るという意見もありますが、英語をやらなければその分日本語に精通するのでしょうか。英語はできないが、日本の古典に通じているかといえば、必ずしもそうではないわけです。日本語を完成させつつ、別な言葉のチャンネルを体得する能力を育てていかないと、将来困ってしまうのではないかと思います。 |
船外活動無重力シミュレーション試験中の野口宇宙飛行士 |
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