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巻頭インタビュー・アーカイブ

字幕は翻訳にあらず
優劣の決め手は日本語力
太田直子 NAOKO OHTA
[映画字幕翻訳家]
取材・文:竹野みつえ 撮影:蔵 真墨

『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』という、いっぷう変わったタイトルの著者が太田さん。自身も、映画大好き、英語得意という字幕翻訳家の一般像からはかけ離れた変わり者だと自評する。翻訳作品は1000本を超え、本業以外の字幕翻訳学校の講師や講演、さらには新たな執筆なども抱え、仕事倍増の日々を送っている。著書の中で「英語は読むだけ、会話もできない」と書いているが、果たして謙遜なのか真実なのか、疑問を解明しようとするこちらのぶしつけな質問にも、終始、おっとり、静かに丁寧に、字幕翻訳のバックステージを語ってくれた。著書から受けるイメージの、歯切れの良さとユーモアとはまた一味違う太田さんの語る、字幕翻訳の仕事をご紹介しよう。

太田直子(おおた・なおこ)1959年広島県福山市生まれ。天理大学ロシア学科卒業後上京し、早稲田大学大学院に入学。このころから字幕翻訳を始め、現在に至る。字幕翻訳作品は1000本以上になる。主な作品に『コンタクト』『17歳のカルテ』『初恋のきた道』『アザーズ』『シュレック2』『エルミタージュ幻想』『ヒトラー 最期の12日間』など。初エッセー集『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』(光文社新書)は、字幕翻訳家の悩みや苦労などをつづった裏話だが、“太田流ユーモアとウィット”にあふれ、裏話もさることながら、小気味良い文章とご本人のキャラクターにも魅了されるはず。その証拠に執筆依頼や講演が増え、生活が激変したという。

独学で字幕翻訳家としてスタート

―専攻はロシア文学ですが、なぜロシア語ではなく、英語字幕のお仕事をされるようになったのでしょうか。

太田: 英語は嫌いではなかったですが、決して得意ではなく、高校の英語の授業は成績別にAからDまで4クラスあったのですが、Cだったんですよ。当時の英語の先生が私の今の仕事を知ったら、きっとびっくりされると思います。
 中2のとき、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでショックを受け、このときからロシア文学をやると決め、初歩のロシア語をかじったりしていました。大学ではロシア文学を学びたかったのですが、語学の勉強のほうが多かったですね。ただ、大学時代の先生から、論文の翻訳を褒められてうれしかったので、翻訳関係の仕事ができたら、という気持ちは芽生えていました。母校には大学院がないので、ほかの大学院を受験しましたが全部落ちて、2浪して早稲田の大学院に入学しましたけど、入って2年目に学費未納で抹籍になりました。
 大学院に入ったころ、自主上映などの字幕制作もやっていたアテネ・フランセ文化センターでアルバイトをしていて、字幕制作の手伝いをしたのがこの道に入ったきっかけです。初めて名前入りで字幕翻訳をしたのは『黙示録の四騎士』という英語のサイレント映画でした。最初は自信がなかったのですが、何十本もやりました。サイレント映画のセンテンスは100から200で、スラングとかがあまりなく、割とちゃんとした英語なので辞書を引き倒せばできるんです。最初は簡単な口語もわからなくて、ぼうぜんとしたこともありましたが、前後の文脈で推測したり、ネイティブに聞いたりしてなんとかやっていました。

―ハウツーもなく、先輩が教えてくれるわけでもなく、独学ですね。でも面白い仕事だと思われたのですか。

太田: そうです。ロシア文学をやろうとすると、原書を読むにも論文を書くにも長いスパンになりますよね。映画の翻訳は1週間に1本というスパンなので、早いサイクルの仕事のほうが向いている気がしましたし、文学研究をやるほどの知性も根性も今ひとつ足りなかったのかもしれません。バブル期の'80年代半ばに、ビデオ映画が爆発的に普及したときがありました。出せば売れるという時代で、映像に関係のない商社みたいな会社がビデオを山ほど買い、私のような新人でも字幕をあっさりやらせてもらえたんですね。時代の波に乗ったというか、下積み時代みたいなものはありませんでした。私たちの世代の字幕翻訳者は、ほぼみんなビデオからスタートしています。

最初は簡単な口語もわからなくて、ぼうぜんとしたこともありました

字幕翻訳が完成するまで

―字幕完成までのプロセスを簡単に教えてください。

太田: 仕事を受けると、ビデオテープと英語台本が送られてきます。一度ビデオを見て、箱書きという作業に入ります。これは映像を見ながら、どこからどこまでを1つの字幕にするかを区切る作業です。1作品で区切りが1000前後になりますが、それに通し番号を入れ、字幕制作会社に送ります。制作会社はそれを見てスポッティングリストというのを作ります。これは1つ1つの字幕の時間の長さを計ったリストです。その間、私は台本を読んだり、ビデオを見たりしてストーリーを把握し、スポッティングリストが届くと、1秒あたり字幕4文字という制約の中で、日本語の原稿を作っていきます。
 原稿が全部できたら映像と原稿を照らし合わせ、リズムや表情に合っているかどうかをチェックし、それを終えると原稿を送ります。場合によりますが、映像に字幕の入った仮ミックスというビデオが再度送られてくることがあり、それをもう一度、私と配給会社がチェックします。ビデオやDVDの場合はこれで終わりですが、劇場用は、フィルムに字幕がちゃんと入った字幕チェック試写でまたチェックし、それで終了です。
 1本の映画を、劇場用だと最低6回、場合によっては10回くらい見ますね。1本終えるには1週間から10日かかり、一番働いていたころは年間60本、月5本くらい。7本なんていうときもありましたが、本当に仕事しかできなくて、ろくに寝られないというひどい生活でした。体力がないと続かない仕事です。

―お差し支えなければ、ギャラを教えていただけますか。

太田: 約10分を1巻といいます。配給会社にもよりますが、劇場用は1巻2万5千円からで上限は3万です。100分の映画なら約20〜30万、DVDだけならもっと安くなります。このギャラは、私たち20数名で映画翻訳家協会を作っていまして、その協会と配給会社で取り決めた金額なんです。会員以外は、この値段より安いことが多いと思います。コンビニでバイトしたほうがマシ、みたいな金額でやっている方もかなりいるのではないでしょうか。

アテネ・フランセ文化センターでアルバイトをしていた1985年ごろ、映写室のフィルム倉庫で。ここで字幕制作人生のスタートを切った、くわえたばこの似合う太田さん

英語力は仕事の一部、勝負は日本語の力

―1秒あたり字幕4文字という制約が一番の悩みどころでしょうか。

太田: はい。もちろんいろいろな問題がありますが、最大の壁はどうやって1秒4文字にするか、ですね。原則もなく、抽象的でうまく説明できないのですが、制限字数内に収まらないときは、字幕の余裕がある個所にその意味合いをずらしたり、周りにニュアンスを振り分けたりということをします。よりわかりやすくするために、あっちこっちをいじり倒して、全体として必要な情報を伝えるようにします。著書に書きましたが、例を挙げると、
男「どうしたんだ」(6文字)
女「あなたが私を落ち込ませてるのよ」(15文字)
男「僕が君に何かしたか」(9文字)
という会話で、各々のセリフが1秒強(5文字以内)しかない場合、
男「不機嫌だな」
女「おかげでね」
男「僕のせい?」
と、最初の男の問いかけを改変し、女のセリフの内容で補います。全体のニュアンスを考えて、まったく別の表現を考えるときが、時間制限もあるので一番大変です。

―こういう離れ業のような技術をどのように鍛錬されているのですか。

太田: そういう質問をよくされるんですよね、例えば語いを増やすためにどんな勉強していますか、とか。読書は好きですが、読みたい本を読みたいときに読んでいるだけで、日本語の訓練とは思わないし、言い回しをメモしてどこかで使おうとも考えないし、勉強らしいことは何もしていませんが、週刊誌の広告は短くて、今どきの表現をしているのでマメに見ます(笑)。この仕事は、翻訳は翻訳なんですが、「字幕は翻訳にあらず」といわれるように、脚色というかすり替えというか、原文とは違う言葉にならざるを得ず、冒険のようで怖いんですよ。だから、この人物は何を言いたいのか、この場で何を表現しているのかを理解するまで読み込まないとできません。最近は英語を聴いてわかる人が増えて、誤訳と言われることもありますから。
 英語の苦手な私がなぜこの仕事をしているかというと、日本語の仕事だからです。辞書を引きながら、英語を読みこなして日本語にすることはそんなに劣っていないつもりですし、文章を書くのが好きなので、苦手な英語でも何とか続けられました。全体の仕事が10だとすると、日本語で表現する力が7〜8割、残りは台本と映像を見て内容や人間関係を理解することですから、仕事のメインは日本語で、日本語の能力が一番重要です。
 私の英語能力は読むことだけですが、台本を読んで理解する部分が語学力の領域で、これは仕事の一部でしかないんですよね。この辺を誤解されている翻訳学校の学生が多くて。英語力は高いに越したことはないのですが、英語できます、映画好きです、だけではできません。その先が問題で、力のありように、英語力とは違うものが求められていると思います。
 個々の文章や原文に固執するのではなく、シチュエーションや作品全体の流れを理解し、全体の物語として観客が了解できるように、どういうストーリー展開で、どういう人間関係なのか、わかりやすい日本語にしていく。とはいえ、流れがわかりさえすればいいだろうと、スカスカの字幕にしてしまってもおもしろくないし、その案配ですよね。そこに翻訳者のカラーが出てくると思います。同じ映画を3人くらいに翻訳させると、きっと面白い結果になるんじゃないかな。

英語できます、映画好きです、だけではできません。



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